ポルノをどのように「規制する」のか


「漫画・イラストも児童ポルノ規制対象に」約9割──内閣府調査 - ITmedia News
(PDF)「有害情報に関する特別世論調査」の概要 - 平成19年10月内閣府政府広報室

「概要」を見てみたんですが、「規制すべき」とか「規制する」とかいう言葉が大量に出てくるくせに、どのような形で規制するのか、については全く触れられていませんね。巧妙だなぁ。「ポルノを小さい子どもの目に触れさせたくない」というような人は相当たくさんいると思うけど、こういう人も何らかの形で規制すべきと考えていることになるわけで*1、「規制すべき」の数に入ってしまいますよね。それだけでなく、質問の前に読ませる「資料」もひどく誘導的に見えます。


ポルノの規制を強化する方向なんでしょうけど、「生産の過程」で必然的に具体的な児童が被害者になってしまう児童ポルノと、それ以外のものとでは明瞭に区別しなければならないでしょう。もちろん児童ポルノでなくても、出演者が暴行を受けるなどの被害に会ってしまった場合には、それがポルノであるかどうかに関わらず事件として扱われなければならないわけです。つまり具体的な被害者が出るのであれば、ポルノであろうがなかろうが対処しなければならない。児童ポルノ規制の場合、「出演する児童は被害者である」と規定することに意義があるわけでしょう?というのが自分の理解。


僕自身は、ポルノは見たくない人には見せない、子どもには見せない、というような形での規制には反対しません。なのでこの調査だと「規制すべき」に入っちゃうかも…。

でも逆に、ポルノに限らず猥褻だったり暴力的だったりする表現であっても、その生産の過程で具体的な被害が起こらないようなものについて(漫画やイラストはこれ)、作ることそのものを規制することには絶対に反対です。ポルノショップなりそれに準じた場所で「見たい人だけが見ることができる」環境ならば子どもには見せずにすむでしょう。一方、大人であれば「見たい人は誰でも見ることができる」ようになっていれば、表現の自由と対立する場面はかなり抑えられるはずだと思います。そういう環境でなら、そこで出てくる表現がいかに下劣であっても構わないはず。それこそ幼女を虐待して犯す漫画でも構わないと思います。そのような表現を批判・非難することはあるでしょうが、それを違法とすることには断固反対です。

人権侵害によって達成されるようなものでないかぎり、自由な表現は民主主義のためにも必要だし、社会を豊かにするためにも必要です。それによって豊かになれる人の「豊かさ」が、あなたにとってはおぞましいものであったとしても、とやかく言うべきではないと思います。

*1:必ずしも自動的にそうなるわけじゃないでしょうが