表現の自由を脅かすもの


日本ユニセフ協会児童ポルノ規制キャンペーンについて、前にこのように書きました。

僕としては、単純所持を処罰の対象とすることそのものには、実は賛成してもよいと思っています。しかし、そのための条件が整っていないのです。警察による恣意的な運用を抑えられるという保障、捜査の可視化、代用監獄の撤廃などがその条件です。従って、僕に言わせれば単純所持の処罰を実現するのに一番邪魔なのは、現在の警察のあり方そのものなのです。

ここで触れている恣意的な法の適用や捜査の不透明性、代用監獄といった問題が、まさにまとめて出てきた事件について、最高裁判所が判決を出しました。


「立川テント村事件」です。

 東京都立川市防衛庁(当時)宿舎の新聞受けに、自衛隊イラク派遣に反対するビラを許可なく入れたとして、市民団体のメンバー三人が住居侵入罪に問われた事件の上告審判決で、最高裁第二小法廷(今井功裁判長)は十一日、「表現の自由は無制限に保障されるわけではなく、他人の権利を害する手段は許されない」と述べ、被告側の上告を棄却した。 

 一審の無罪判決を破棄、三被告を罰金刑の有罪にした東京高裁判決が確定する。裁判官三人一致の意見。

事件のいきさつを見れば、管理人の意志に反してビラ配りが行なわれていたことは事実でしょう。その限りで、少なくとも管理人や一部の住民にとって迷惑な行為であった、ということは確かだろうと思います。形式的には、住居侵入と言えるのかもしれません。


しかし問題は、このビラがイラク戦争に反対するものでなく、例えば単なるピザ屋のビラであったら、逮捕・起訴に至っただろうか、ということです。さらに言えば、別件を使ってまで75日間も代用監獄に拘禁し、しかも弁護士以外と会うことすら許されない、などということが起きたでしょうか。
ありえないでしょう?
だいたいビラ配りなら、自衛隊だって自衛官募集のビラを集合住宅に配っていました。それに、この宿舎にだって他にも数々のビラが投函されていましたし、また管理人は「自衛隊的内容のビラを投入又は配布している者を見かけたら,直ちに110番通報するとともに東立川駐屯地に連絡するように」という連絡を回しています*1。明らかに、配られているビラが反戦を訴えるものであることを問題視しているのです。「住居侵入」は誰がどう見たって口実でしかありません。通常はビラ配りなんか何の問題にもならないのに、まさに「恣意的」としか言いようがありません。


こうして、戦争反対の意志を強く表現したことにより逮捕された「良心の囚人」は、別件逮捕も含めて75日間も代用監獄に拘禁され、その間さまざまな暴言や侮辱を受けたと伝えられています。

連日の取り調べは酷いものでした。
腰縄を椅子に縛りつけられて、4畳半ほどの狭い取調室に刑事がふたり。
味方は私ひとりなのです。
「立川テント村を俺が潰してやる!」「運動をやめて立川から出て行け!」
「運動をやめないなら、自転車で立川をフラフラ歩けないようにしてやる!」
寄生虫!」「浮浪児!」「二重人格のしたたか女!」
…これが人の税金で食ってる公安刑事の、まぎれもない姿です。


この事件は住民の権利と表現の自由が対立した、というものではないと思います。そうではなくて、政府批判を弾圧するために、たまたま「住居侵入」が使えるケースだった、ということです。こんなことが認められると、微罪でも何でも使える法律さえあれば、政府に反対する意見の表明を弾圧することが可能になってしまうのです。

そもそも、政府と異なる意見を表明する自由を確保することこそが、国際人権諸基準および国内法の最高規範である憲法が規定する、表現の自由の本質である。したがって、本件のように、政治的意見を表明するビラの配布は、それが平和的に行われるものである限り正当な権利の行使であり、社会が受容すべきものである。日本政府には、こうした政治的意見の表明を受容する義務があり、国際人権基準を遵守し、最大限その実現に努めるべき責任がある。平和的な意見表明に対して、他者の権利の侵害などを口実として制約を課してはならない。


イラク戦争を巡って様々な反対運動があったとき、国民を守るはずの自衛隊までもが、国民の平和的な意見表明を「反自衛隊活動」として監視していたことは、以前にも話題にしました。
この異様にパラノイアックな「調査」は何なんだ
その「情報保全隊」が、この事件にも積極的に関与しています。

 逮捕の目的が、言論弾圧にあったことも記されていました。

 文書は警察の「捜査員の談」を、こう紹介しています。「我々としてはテントの構成員に2〜3日くさい飯を食ってもらいたいんですがね。そうすれば、テント村も多少変わってくると思うんです」

 情報保全隊に詳しい自衛隊関係者は「市民団体を黙らせたかったのは自衛隊側も同じだ」と指摘。「当時は自衛隊イラク派遣に対して、さまざまな団体が反対行動を起こしていた。自衛隊情報保全隊には、市民団体の宣伝やデモを止めたいという思惑があった」と話しています。


今回の最高裁判決を「迷惑をかけたんだから当たり前」などと考える人は多そうですが、その一方でもし児童ポルノ規制に「表現の自由」を理由に反対するのであれば、もう一度「表現の自由」の意味するところを考えてみてもらいたい、と思います。