図書館と知る権利

※「図書館が黒塗りした」かのように記事を誤読してたので訂正。黒塗りした主体は「町」なのですね。

http://d.hatena.ne.jp/kmizusawa/20061029/p3 経由。

福岡県筑前町の町立三輪中2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺した問題で、男子生徒を実名報道した19日発売の「週刊新潮」について、同町が町図書館に置いてある新潮の掲載記事を黒塗りしていたことがわかった。

 27日夜に行われた町議会の臨時全員協議会で町が報告した。

 出席した議員によると、町は、「雑誌には生徒の実名が出ており、遺族も不快感を示している。記事を黒塗りにして対処した」と報告したという。

週刊新潮が実名で報道したことについては、僕は褒められたことではないと思います。故人のプライバシーがどの程度保護されるべきかというのは難しいところがありますが、このような実名報道はいかにも売らんかなという感じがして、イヤなものです。僕はこういうのは嫌いです。


だがしかし、図書館でそれを黒塗りにするとは、一体どういう了見か。これはおかしい、間違った対応だと思う。


日本図書館協会図書館の自由委員会のページを見ると、確かに過去にも様々な理由で各地の図書館において閲覧制限が行なわれたことがあるのがわかります。しかし、日本図書館協会「図書館の自由に関する宣言」において、2-1として「これらの制限は、極力限定して適用し、時期を経て再検討されるべきものである。」(強調引用者)としています。また、神戸の小学生殺害事件のときに出された参考意見では、

1.公刊物の表現に名誉毀損,プライバシー侵害の可能性があると思われる場合に,図書館が提供制限を行うことがあり得るのは,次の要件の下においてと考えます。
(1)頒布差し止めの司法判断があり,(2)そのことが図書館に通知され,(3)被害者(債権者)が図書館に対して提供制限を求めた時。

とありますが、今回は司法判断がないので該当しないでしょう。もちろん、資料の提供が明白に人権を侵害してしまうような状況においては、各図書館で、そのライブラリアンの専門家としての判断において閲覧を制限するということはありうるでしょう。しかし今回のケースは、もしかしたら議員や役所の判断のそのまま従ったりはしていないかと心配になります。町が黒塗りにしたというのであれば、それはライブラリアンの判断ではなく、行政による検閲となるのではないでしょうか。


国際図書館連盟(IFLA)は、その「図書館と知的自由に関する宣言」の中で、図書館は「あらゆる形態の検閲に反対しなければならない」またそのサービスは「政治的,道徳的,および宗教的諸見解によってではなく,専門職の考慮検討を通じて」行われなければならない、としています。そしてさらに、図書館の職員は、職員を雇用する者と利用者という「両者に対する責任の間に葛藤が生じた場合には,図書館利用者に対する義務が優先されなければならない」ともあります。
IFLA の宣言は原則のみを挙げたものですから、そこに「人権侵害を理由とする利用制限」は触れられていません。それに対して利用者の知る権利は極めて強く主張されています。
僕も、図書館は、表現の自由と知る権利を最大限実現することを使命としていると信じますし、あらゆる検閲に反対する義務があると思います。


今回のケースは、図書館における自主的な判断だったのかもしれません。だとしても図書館側(現場のライブラリアン)がどのような立場だったかわかりませんが、「明白な人権侵害」のように強い理由ではなくて、「遺族が不快感を示していた」という程度なのであれば、利用制限をするのは間違っていると思います。
ましてや、黒塗りなど断じて許されない。
閲覧を一定期間制限するというのであれば、まだ理解できます。だが黒塗りとは何事か。それでも図書館か。
今、緊急にある判断を下して利用制限をしたとします。しかし、その判断が適切でないとわかったら、直ちに利用を再開しなければなりません。そのためにも、図書館ともあろうものが原資料に手を加えるなど、あってはならないことです。


えぇ、確かに週刊新潮くらいどこでも手に入るかもしれないよ。地方の小さな図書館のようだし、そんなに何年もバックナンバーを保存してるわけじゃないのかもしれない(遠い将来に利用されることはないのかもしれない)。だけど、こんなことを図書館がやってしまうのは、僕には首肯できるものではありません。でもたとえ影響が小さいとしても、許されることではないと考えます。
町は、図書館を行政の道具くらいにしか見ていないのではないか。