貧困対策
努力しても決して幸せになれない理由 - FIFTH EDITION
これ読んで、以前読んだ本を思いだしたのでご紹介。たぶん主題はちょっと違う話なんだろうと思うけど。残念ながら経済には弱いので引用だけ。
- 作者: ジェフリーサックス,Jeffrey D. Sachs,鈴木主税,野中邦子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2006/04/01
- メディア: 単行本
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最も貧しい人びとを貧困の罠から救う責任を、豊かな社会に負わせるのは、とても軽率なことに思えるかもしれない。
(中略)
はっきりいって、コストは思ったほど高くない。所得、税金、先送りにしたときの損失や実行したときの利益に比較しても、ずっと低いコストですむのだ。何よりも重要なのは、先進国がすでに約束した範囲内で収まるということだ。― 必要なのは、高所得世界のGNPの0.7パーセント、国民所得10ドルにつきわずか7セントである。豊かな社会が貧しい人びとを助けるのに十分努力をしているかどうかはたびたび議論になるが、そもそも先進国にとっては国民所得の1パーセント未満の問題なのだ。先進国に要求される努力はそれほど小さい。
(pp.403-404)
自由市場経済理論の多くはこの考え方を支持していたにもかかわらず、アダム・スミス以降の経済学者は、競争と闘争が経済活動の一面にすぎず、その反対側には、公共財の提供における信頼、協力、集合行為があることを認めてきた。国有化によって経済の場から競争を排除しようとした共産主義者は無残にも失敗したが、それと同じように、近代経済を市場力(マーケット・フォース)だけで運営しようと試みてもうまくいかないだろう。成功している経済はすべて混合経済である。経済開発には、公共部門と民間部門の両方が機能しなければいけない。これまで本書で長々と説明してきたように、市場と競争だけでは、インフラストラクチャー、知識、環境保護、商品への投資を効率的に進めることができない。これは国家レベルだけでなく、国際レベルにもいえることだ。国家経済の集合体である国際社会が、世界中の貧しい人びとに、国境を越えたインフラストラクチャー、知識、環境保護、価値財などを効率的に提供するには、協力が不可欠だ。(p.449)
資本主義は、それ自体が単独で成果を挙げてきたわけではないでしょうし、また「貧困をなくすのは不可能だ」と信じることもやめたほうがいい、と僕は思います。
この本では、現実に貧困をなくすことは可能だということ、そのために必要なのは何かということが(僕の見るかぎりでは)かなり説得的に述べられています。読み物としても興味深いので、関心のあるかたは是非。