擁護できる無断動画アップロードの条件


ほとんど反応のないネタですが…。ま、それはともかく、


この前も書きましたが、Rimo は実質的に著作権侵害を基盤にしたサービスだとやはり思っていますし、そのことは誰であれ否定のしようもないと思うのです。はてなの「新しいテレビ」は、何のことはない、いわゆる海賊版がダラダラ流れるツールという。


Rimo 以外でも何か最近、YouTube などへの無断アップロードで著作権を侵害しているコンテンツを利用したサービスが「新しい」だの「アツい」だの言われてますが、ちょっと待ってくれよ、と思う。おかしいんじゃないの?それとも僕がおかしいのでしょうか?どうしてテレビ局やら JASRAC やらを批判するだけで、他人の権利を侵害してる連中については何も言わないんだろう?おかしくない?その手のサービスを絶賛してる人は、どういう理屈でいわゆる「海賊版」を正当化するんだろう。皮肉でなく、本気で知りたいです。当然その人たちは「日刊YouTube」なんかも全く同じように正当化するはずだと思うのですが、どうなんでしょうか。どうも「著作権?知るかヴォケ」ってのが本音なんじゃないの、とか勘ぐりたくなります。


ただ一方で、あらゆる「無断アップロード」が断罪されるべきだと思うか、というと僕はそうでもないです。一定の条件をクリアしていれば容認できる、または部分的にであれ擁護できる無断アップロードというのも可能性としては無くはないと思う。現行の法はとりあえず脇に置いて、ちょっと考えてみるに、

公共性、報道性

例えば災害時の安否情報がテレビで流れて、それを録画したものが共有されるような場合。これは公共の利益という点から擁護できそうに思います。また報道は比較的著作物性が低いと言えそうに思います。

商品としての価値が実質的に無いこと

商品としての価値がある動画は、再放送や DVD 化などによって権利者に経済的な利益をもたらす可能性があるので、それを無断アップロードされるということは、権利者にとっては損失になるわけです。だからいわゆる「海賊版」が問題になる。擁護・容認できるためには、少なくともすでに商品としての価値が実質的に無くなっていなければならないのではないでしょうか。

入手困難

通常の手段では、普通の人が入手するのはほぼ不可能であるような場合。もちろん上記の「商品としての価値」は無くなっているケースと重なると思いますが、視点としては、例えば文化財保護のような意味あいや、「知る権利」(さらには「知らせる権利」)の実現といった側面で。


パッと思いつくのはだいたいこんなところです。こういう条件がクリアされていれば、無断アップロードでも擁護できるケースがあるかもしれないと思います(現行法でどう判断されるかというのとは別に)。場合によっては、むしろ権利侵害といえどもある種の「市民的不服従」と見なせる場合だってあるかもしれない。いやまぁ、いま思いつきで書いてるだけではありますが。


しかしいずれにしても、単なるいわゆる「海賊版」は擁護のしようがないと思います。