フランス料理の世界無形遺産登録はたぶん無理

 世界の美食の代名詞であるフランス料理を、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「無形文化遺産」に-。サルコジ仏大統領は23日、パリ農業見本市で、ユネスコに登録申請を行うと宣言した。

 同大統領は見本市会場で演説し、「われわれの料理は世界一だ」と強調した。

「世界一イィィィーーー!!」と自画自賛するのは別にかまわないんですが。


無形遺産(Intangible Cultural Heritage)として食文化が認められるべきかどうか、ということであれば、そりゃ認められるべきでしょう。というか我々は普通「食」も文化の重要な一部と認識しているので、無形であるし文化であるし、まあ無形遺産と考えて差し支えないんじゃないかと思います。ただ、ユネスコのやってるやつにフランス料理が適合的かというと、たぶんちょっと違う。


世界無形遺産の前段階として「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」のリストが今あがってきているわけですが、2005年にメキシコ料理が推薦されてたようなんです。

 ユネスコへの申請書では、料理そのものとレシピそして食習慣に加えて、メキシコは宗教的意味合いや儀式を伴う農作業や伝統・象徴性豊かな複雑な文化体系を有する点が強調されている。政府は、ユネスコの指定を受けることができれば、国のアイデンティティの強化になり、メキシコ料理に関する教育プログラムの推進、原産の植物種や土着伝統の保存などに貢献するだろうと考えている。

 またこうした目標は、9,000年以上にわたり栽培されてきたトウモロコシなどのメキシコ料理に不可欠な要素を保護することはメキシコのアイデンティティにとって根本的なことと考える小自作農活動家グループや環境保護論者にも支持されている。伝統的な主食であるトウモロコシの将来は、今や米国から輸入される遺伝子組み替え品種による影響に脅かされている、と彼らは主張する。

これはそれなりに説得力があるというか、それほど無理筋じゃないだろうと僕は思うのですが、結局リストには入らなかったようです。なぜ入らなかったのかは残念ながらわかりません。ただこのケースでは、メキシコ料理は単に料理というだけではなく、宗教的な儀式や農作業、土着文化、トウモロコシ栽培の伝統などと絡めた上で、かつ「脅かされている」という理屈だったわけですよね。


この制度のそもそもの目的が

第一条  条約の目的
この条約の目的は、次のとおりとする。
1. 無形文化遺産を保護すること。
2. 関係のある社会、集団及び個人の無形文化遺産を尊重することを確保すること。
3. 無形文化遺産の重要性及び無形文化遺産を相互に評価することを確保することの重要性に関する意識を地域的、国内的及び国際的に高めること。
4. 国際的な協力及び援助について規定すること。

とあるように、まずもって「保護」が第一義なわけでしょう。その点では有形の文化財と同じなんだと思います。で、保護に必要なアレコレをお互い協力してやりましょう、という。つまり、後継者の育成だとか、適切な援助だとか、記録の作成だとかいうことですね。


そういう点からすると、フランス料理なんてのは現代の世界に非常に広まっているし、商業的にも成功しているわけだし、とりたてて保護しなければならないほど「脅かされている」とは、とても思えません。ユネスコがやろうとしていることは、別にお国自慢大会でもなければ国威発揚でもないはずです(少なくとも建前は)。ですから、フランス料理一般を無形遺産として登録することには、ほとんど意味がないし、制度の趣旨からしてそぐわないものだと思います。非常に限定的に、たとえば「伝統的な特殊な農法でワインを作る文化」とかいうのだったら(そういうのがあるかどうか知りませんが)、違うんでしょうけれど。


それにもちろん、フランス料理が OK なら、ほとんどあらゆる文化圏のあらゆる料理が OK とならざるをえないでしょうから、そんなの意味あんの?という問題もありますし。
ま、日本の政治家がこういうこと言い出したらきっと役人が止めて取り下げになるでしょうけどね。フランスはどうなんだろうか。


ところで、そう考えてみると日本からは能楽人形浄瑠璃、歌舞伎が出ているのって、どうなんだろうなーという気もしてきます。歌舞伎なんて保護しないとヤバいってほどじゃないように見えるんですけどねえ。ま、当然おそらく国内の制度である重要無形文化財人間国宝とかのアレ)の延長上で考えているんでしょうけどね。多文化主義の観点から、もっと保護が必要なものがあるじゃないのかって気はしますが。