抑止効果という神話


らばQ : 死刑制度で殺人を防ぐ?!
死刑制度には抑止効果がある、とする研究がアメリカで出されているそうで。元ネタは今年6月10日のAP通信の記事だったようなんですが、消えてるのでかわりに Washington Post の記事を。
Studies Say Death Penalty Deters Crime - washingtonpost.com

でね、

死刑廃止論者涙目だなこれは。
まあ、なんだかんだと屁理屈付けて言い訳するか、知らないふりして隠すかのどっちかでしょうけど。
死刑廃止論者は人殺しと同じっと。

きいいーっ!!ロクに調べもしてない人にこんなこと言われて悔しくて眠れないので、涙目で反論するよ!!


まず、従来の実証的な研究では「死刑には顕著な抑止効果は見られない」というのが、ほぼ定説だったことは押さえておくべきです。

死刑が他の刑罰よりも有効に犯罪を抑止するという説得力ある証拠は、科学的研究によっては一貫して得られていない。1988年に国連(訳注:国連犯罪防止・犯罪統制委員会)のために行なわれ2002年に改訂された、死刑と殺人発生率の関係についての最新の調査結果報告書の出した結論は「死刑のもたらす脅威やその適用が、より軽いと思われる終身刑のもたらす脅威やその適用よりもわずかでも殺人に対する抑止力が大きいという仮説を受け入れるのは妥当ではない」というものだった。

(引用文献:ロジャー・フッド『世界の死刑』 オックスフォード・ユニバーシティ・プレス、第3版、2002年 230ページ)

まぁ、だからこそ「抑止効果がある」とする研究が続いているというストーリーでニュースになりうるんでしょうけどね。
ワシントンポストの記事では、コロラド大学デンバー校の2003年の研究や、エモリー大学での2003年から2006年の研究に言及してます。これらの研究方法については次のように書かれています。

問題を調査するために、彼らは年ごとおよび郡や州ごとの処刑と殺人を調べ、死刑以外の要因、つまり失業や一人あたりの収入、逮捕や有罪判決の可能性その他を計上することで、殺人に対する死刑の影響を引出そうとした。

その結果が冒頭の記事にある「一人の殺人者を死刑にすることによって、3〜18人の命を助けることができたかもしれない」という話になってるわけです。


これらの研究に対する批判については、ワシントンポストの記事ではあたかも感情的なものばかりというふうにも読める書き方になってますが、次の記事を読むかぎりではそうでもなさそうです。
Cassy Stubbs: The Death Penalty Deterrence Myth: No Solid Evidence That Killing Stops The Killing - Politics on The Huffington Post
ちょっと長めですが、一部を訳出してみます。やっつけなので誤訳があるかもしれません。原文も見てね。

しかしトップの社会科学者による追跡研究は、結論に至るのに用いられた方法論の不備だけでなく、結論そのものも激しく否定した。コロンビア大学ロースクールの教授で統計の専門家であるジェフリー・フラガンは、エモリーデンバーの研究が「多数の技術的、概念的誤りに満ちて」おり、「社会科学の要求する標準に達していない」と議会で証言した


実のところ、殺人と処刑の間に本物の統計的な関係を断定することは不可能かもしれない。なぜなら、殺人の数に比べて処刑の数が少なすぎるからだ。しかしはっきり言えることは、抑止の正真正銘の統計的証拠はないということだ。


イエール大学ロースクールの教授で全米経済研究所(NBER)の研究員であるジョン・ドノヒューと、ウォートン・ビジネススクールの教授で NBER の客員研究員であるジャスティン・ウォルファーズは、エモリーデンバーの研究で使われたのと同じデータを、同じ研究者による他の研究や、その他多くの全国的な報告と同様に分析した。彼らは、どちらかと言えば処刑が殺人を増加させるとし、こう結論した:「死刑が抑止するという見方は、証拠というよりは信念の産物である…結局、証拠によれば死刑は殺人率を増加させるかもしれない」


ドノヒューとウォルファーズはエモリーの研究者たちによる2006年のデータを、死刑のない州をコントロール群に使って分析した。エモリーの研究では使われていないが、これは原因の研究に使われる基本的な統計のツールである。死刑のある州と死刑のない州を比較したところ、殺人率の上昇に対しても下降に対しても処刑の効果の証拠はみられなかった。ドノヒューとウォルファーズは、一度の処刑が18の殺人を防ぐと結論した2003年のエモリーの研究からのデータも分析し、殺人の増加にしろ減少にしろ、実際には州に死刑があるかどうかよりも、その研究で使われていた他の要因により依存していることを見いだした。例えば、ドノヒューとウォルファーズがエモリーの研究者により含められた要因のうちたった一つをわずかに再定義したところ、一度の処刑が18の殺人を引き起こすことに気づいた。

この後にも、エモリーデンバーの研究とは違う結果を示す様々な研究が紹介されています。


僕自身は統計学の専門的な方法についてはまったくの素人ですし、紹介されている論文の原文には当たっていません。その意味では僕もこれらの反論を検証するだけの能力はないわけです。加えて、エモリーデンバーの研究者らからの再反論もあるかもしれません。そちらも見ていかないと、なかなか即断は難しいでしょう。が、少なくとも僕は今のところは「新しい説が出てきてはいるが、目に見えるほどのはっきりした抑止効果はない、とする従来の説が完全に覆されるには至っていない」と考えてよさそうだと思ってます。まあ、AP通信の元の記事がどうだったかは読んでませんが、ワシントンポストの記事はいずれにせよちょっと一方的な感じがします。まして批判があることを無視して「しかし一連の学術調査からは、死刑には明らかに犯罪抑止効果があることが明らかになっている」などと言いきってしまう U.S. FrontLine は問題でしょう。
あと念のため、抑止効果だけが死刑廃止論の根拠ではありませんけどね、というのは一応付け加えておきます。


…あ、忘れるところだった。えーと、ほとんど知りも調べもせずに、ある立場の人のことを「人殺しと同じっと。」などと言うのは軽率だからやめたほうがいいよ!!わかってくれるかな?